そこに何があったのか思い出せない
いつも通っている商店街の一角で、解体工事が始まった。当たり前に建物があったはずのところに、工事用のシートが大きくかかっている。法律に基づいて工事の許可証とかが貼られていて、古い建物だったのか、石綿の検査結果まで貼ってあった。
はて、ここには何があったっけ。
毎日のように通る場所で、昨日も通った。その景色のことはよく覚えているはずだ。それなのに、今から壊されるこの建物がなんだったか思い出せない。
そこにシートがかかっている、という違和感だけが横たわっている。
見ているようで見ていないものがたくさんあって、だからといって全く見ていないわけでもなくて、喪失だけが印象として残っていた。なんてことだと思った。
忘れたことには気づけても、そこにあったことを覚えていないなんて悲しい。
しばらく動けなくて、工事についてつらつら書いてある、文字の並びを追っていた。