ものおき

書いた文章をぶん投げる

もう存在しない悪夢の話

夢日記は良くないというけれど、もう見ない夢なので、夢日記ではないことにしておく。これは、私が数年前まで見ていた、見るたびに号泣していた夢である。

 

 

気づけば、ショッピングモールにいる。私は母親に手を引かれ、同じように手を引かれた子供たちとすれ違いながら、賑やかなそこを歩く。母の目線は高く、私は見上げることしかできない。なにか甘い匂いがしそうな音楽が流れている。母の顔は逆光でよく見えない。いつも見ているはずなのに視認できない。

 

突如として、大きな音がなった。黒くて大きなタイヤがこちらに向かってものすごい速さで転がり落ちてくる。自分の体より何倍も大きなタイヤだ。

それは子供たちを押しつぶしすりつぶし、子供ではないなにかにしながら、まっすぐ向かってくる。私は、正確には私と、私の手を引く母は逃げた。ひたすらに逃げる。走って走って走って、だが、追いつかれたそれにひどく恐怖を覚え目を瞑る。踞る。

しばらくして、音がやんだのでそれを開いた。どうやら私は無事なようだった。でも、手を握られる感触はなかった。おそるおそる隣をみる。そこでは母がぺしゃんこになっていた。

 

ここで視点が切り替わる。私はすでに私ではなくなっていた。ただの視点と成り果てていた。視点である私は、そのタイヤがゴロゴロと坂を下って、小さな看板をぶら下げた小屋を潰すところをただただ見つめている。小屋があったところにはもう何も残らない。木屑だけが散らばっている。中に人がいたのかどうかもわからない。

たくさんを殺した大きなタイヤは、それでもスピードを緩めることなく、何処かへと去っていく。

 

 

だいたい、この小屋が潰れたあたりで目が覚めて、ドクドクと行き急ぐように鼓動を重ねる心臓の音が耳に痛い。あんまりの不安についつい泣いてしまう。ドクドク、心臓の音があのタイヤが転がる鈍い音に似ていて、寝直しても同じ夢を見ることが多かった。

 

 

 

最近はもう見ない夢の話だ。あのタイヤにすりつぶされる子供はもういないのだと思うだけで、ずいぶんと気持ちが楽になった気がする。夢の中とはいえ。